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「わざわざお越し頂き申し訳ございません」
玄関に迎えに出てこられたのは依頼人の母。
凛とした佇まいと美しい着物をまとったその女性は旧家の女主人のイメージを体現したような方でした。
その女性の背後には家令や女中頭が控えており大層な名家である事が窺われました。
まぁ、相手がどんな方であれ所長にとっては全く関係の無い事ですから
いつもの様に僕らは調査に入りました。
今回の現象は山の中にある祠の周囲にて起こるとの事でカメラの設置はもちろん外。
テープやバッテリーの交換ももちろん外になる訳で....
「寒っみぃぃぃ!!」
「そりゃぁ冬ですしねぇ」
「でも雪まで振らなくても良いと思う!!」
「......」
昨日積もった新雪をザクザクと踏みしめながら僕たちは足を進めます。
ガタガタと震える腕を擦りながら歩くのはT氏。
その斜め後ろを歩く僕もやはり寒さは身に滲みるものです。
T氏の隣りでは赤くなった鼻を隠すように首を竦めるT嬢。
そして僕等の数メートル前を歩くのはR氏でした。
「じゃぁ俺らは祠の表側の交換してくらぁ」
「はい。では僕らは裏側に回りましょうか?」
「そうですね」
祠の前でT氏とT嬢とは別れ僕とR氏は共に雪の積もった祠の裏側へと足を進めました。
3台のカメラの点検を終えた時ふと白い雪の中にぽっかりと紅い色が見えた。
「.....Rさん、あれは何でしょうか?」
「.....靴?...ですね、なぜあんな所に?」
僕の言葉に振り返ったR氏もソレを確認し首を傾けます。
なぜこんな所に靴が? いやそれよりも最初からアレは会ったのだろうか?
などと僕が思案している間にR氏はサクサクと新雪を踏みならしその靴の方へ向かっていました。
数メートル進んだ時に僕は思いだしました。
「ま、待って下さい!! Rさん、そこは......」
「っ!!!!!」
あぁ。遅かったようです。
バキバキっという氷が割れる音がしR氏はそれはもう見事に真冬の池に落ちてしまいました。
僕の叫び声を聞いてT氏とT嬢が駆けつけて下さったので救助はお2人に任せましょう。
「R大丈夫か!!?」
やっとの事で池から助け出されたR氏はガタガタと震えて話しをする事もできません。
そりゃぁそうですよね。
「僕、先に戻ってお風呂を沸かして頂けるように依頼人の方に頼んできます」
「あたしも一緒に行きます」
凍えるR氏に肩を貸し歩みが遅くなってしまっているT氏にそう言うと僕とT嬢は山を駆け下りました。
そして運良く使用人の方を発見できたのでお風呂の用意をお願いしました。
一安心です。
それにしても良い画像が撮れました。
あとでイギリスの上司にお送りせねばなりませんねぇ....
「さて、Tさん僕等は戻りましょうか」
「え? TさんとRさんは?」
「お2人はこれからお風呂でしょう。ならその説明を先に所長にしておかないと、ね?」
「あー.......そうですね」
「でしょう」
僕の言葉に仕事にとーっても厳しい上司を想像したのでしょう。
T嬢は引き攣った笑みを浮かべながらも同意しベースへ向かいました。
そして先ほどの事柄を話せばどんどんと顰められる顔。
しかし池の中央部分にあった紅い靴の部分に興味を示された上司はこう仰いました。
「その靴は立ち去る時にまだありましたか?」
その言葉に僕とT嬢は顔を見合わせました。
「...そう言えば、無かった気がします」
「あたしは....見てない、と思う。その紅い靴」
その答えに満足した上司は早速、その時の映像の解析と今の現地の調査を指示なさいました。
だから僕は、いや僕らは気付かなかったのです。
R氏とT氏が家の裏口付近で寒さに震えていた事を。
使用人の方はちゃんとお風呂を沸かして下さったのですが他にも沢山のお仕事があるので
そこに留まってはいませんし、僕らも調査に掛っきりになってしまったので....
「あーーーーっ!!!」
突然上がったT嬢の叫び声に僕らは一斉に振り返ります。
全員の視線を集めたT嬢は明らかに青くなっています。
「Tさん? どうかされたんですか?」
僕が声を掛けるとT嬢は頬を引き攣らせながらこう言いました。
「Tさんたち忘れてた」
「.............」
次の瞬間、僕らは駆け出しました。
この寒空の下、凍えているであろうお2人の元へ。